挙げ句の果て

いざ、恥じめやも。

2018年11月

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帰りの電車は満席状態だったので、一日中歩き回って疲れてはいましたが仕方なく通路に立っていました。しかし、カラコさんだけは席が無いと見るやすぐに通路のど真ん中に座り込みました。言うまでもなく、通路に座り込んでいる人間など周りにはいません。カラコさんだけが、恥も外聞もなく我が物顔で地べたに体育座りをしているのです。「育ちが出るな。」 私はそう思いながら、ドン引きしている台湾人を傍目に、なるべく他人のフリをしてろみちゃんと話をしていました。

台北に戻った我々は、超高層ビル「台北101」をチラ見した後、最終日の夜を満喫すべく、台湾最大のゲイタウン「西門町」へ行きました。ゲイタウンと言っても、街の雰囲気は渋谷の様な普通の繁華街とあまり変わりませんでしたが、いったんお店に入ると、店員さんはほぼ全員筋金入りのホモでしたし、お客さんもホモっぽい人が多かったので、「そう来なくっちゃ」と思いました。

とは言え、私は過去に新宿二丁目で東南アジア系の「自称マイクロソフト勤務」のオカマに記憶が無くなるまで飲まされてディープキス(だけで済んだかは定かではないが)をされた経験があるので、最初は警戒していました。しかし、周りの男性達は私やカラコさんのお尻をイヤらしい目つきでジロジロ見てくる訳でもなく、店員さんもフレンドリーではあるが礼儀正しい感じだったので、私とカラコさんはすぐにお気に入りのおデブさんを見つけて仲良く写真を撮ったりしていました。ろみちゃんも、心なしかいつもよりハメを外した感じで店員さんと中国語でおしゃべりを楽しんでいました。

「台湾に来て本当に良かった」

私はろみちゃんの100万元の笑顔を眺めながら、「台湾のアヌス」西門町でお酒をビュンビュン飲み干していきました。

楽しい宴の夜もだいぶ更けて来た頃、カラコさんがトイレに立つと、そのすぐあとを追う様にろみちゃんもトイレに行きました。しばらくして、2人は一緒にトイレから戻って来ましたが、カラコさんは急にシラフに戻った様な顔つきで、ろみちゃんも暗い顔で俯きながら席につきました。カラコさんは、「ろみちゃんがもう終電無いから、俺らのホテルに泊めよう。」と言いました。私は、ずっと下を向いているろみちゃんが気にはなりましたが、思いがけずろみちゃんが自分たちの部屋に来る事になったので、素直に喜びつつ、その店を後にしました。

我々3人はタクシーでホテル近くのコンビニまで戻り、そこでお酒とおつまみを買いました。コンビニからホテルへ歩いて帰る道すがら、公園の前を通りがかったところでカラコさんは急に私の肩を掴み、「ちょっと話がある」と言って、私を公園の中へ連れて行きました。すると、ろみちゃんは我々2人から逃げるかの様に、公園の奥へと走って行きました。

何が起こったのか頭の整理がつかないうちに、カラコさんは私に告げました。

「さっきの店でションベンしてたら、急にろみちゃんが男子便入って来て、『実は私もう彼氏居るのに、恥骨くんが本当に台湾まで来ちゃって、どうしていいかわからない』っつって、泣きながらこのプロテイン俺に返して来た。』

私はカラコさんからプロテインを受け取り、公園の奥の方にいるろみちゃんを見ると、しゃがみこんで泣いているようでした。

私はどこか他人事のような気持ちで、カラコさんと一緒にろみちゃんの所まで行き、とりあえず自分たちの部屋へ行こうと言って3人で部屋へ戻りました。

皆、何を言えば良いのかわからないといった気まずい雰囲気の中、我々はとりあえず買って来たお酒とおつまみをベッドの上に広げて飲み始めました。とは言え、当然さっきまでの様に楽しく話しながら飲むのは難しいので、買って来たトランプで大貧民をしながら、朝まで飲む事にしました。

最初のうちは、負けたら普通にテキーラショットの罰ゲームにしていましたが、途中からカラコさんの提案により、恥骨が負けた時に限ってはテキーラショットに加えて、ろみちゃんのローキックも受ける事になりました。

その後すぐ、私はゲームに負けてろみちゃんからローキックを受ける事になりました。ろみちゃんは立ち上がってフーッと息をつくと、今まで聞いた事もないくらいの大声で「てめぇキモいんだよ!」と叫びながら私の肩に全力ローキックをお見舞いしました。カラコさんはその様子を見て満足そうに高笑いをしていました。

その後も私が負ける度に、ろみちゃんは思いつく限りの罵詈雑言を私に浴びせながら、思いっきりローキックを叩き込み続け、私の肩が赤く腫れ上がる頃には、すでに窓の外は明るくなっていました。ろみちゃんはかなり泥酔していましたが、始発の時間きっかりに私たちの部屋を出て行きました。出がけに、「私は自分がカワイイ事は自覚しているし、それに見合う人とじゃないと絶対付き合わないから。」と吐き捨て、我々の元を去って行きました。

好きな女の子に、異国の地で一晩中蔑められるというプレイを終えたばかりなので、少しくらい感傷に浸りたいところでしたが、帰国フライトが早朝便であったため、息つく間もなくパッキングをして、午後便で帰国のカラコさんを部屋に残して急いで空港へ向かいました。

二日酔い・睡眠不足・失恋で、心身ともにボロボロの状態でしたが、なんとかギリギリセーフで空港に到着し、帰国便に搭乗しました。すると、なぜか座席がアップグレードされており、一番前の座席に通され、訳も分からないままウェルカムシャンパンを出されましたが、酒など見たくもなかったので、代わりにお水を持って来てくれるようにお願いしました。2時間弱のフライトは、ずっと気絶したように眠りました。

お昼前に福岡空港に到着し、そこから大分まではソニックという特急列車で帰りました。窓際の指定席に腰掛け、外の自然豊かな景色を眺めていると、そこでやっと自分はフラれたんだなという実感が湧いて来ました。しかし、フラれはしましたが、この台湾での三日間は私にとって夢のような時間で、最高に楽しかった事は紛れもない事実であり、まだ新鮮すぎる思い出が次々とフラッシュバックしてくると、涙が止まらなくなりました。

「泣くな恥骨、お前さんは良くやったよ」

誰かにそう慰めて欲しくて、私はメソメソ泣きながら高校時代の友人に電話をかけ、事の顛末をつらつらと話し始めたのでした。



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台湾最大の乾物街である油化街に到着した我々は、漢方屋が並ぶ通りへとやって来ました。元来胃腸がそれほど強い方ではない事に加え、慢性的な飲酒過多であった当時の私は、逆流性食道炎の症状に悩まされていました。太田胃散・ガスター10・サクロンetcといった市販されている胃薬は大体試したのですが、これといって自分に合うものが見つけられず、ここは一つ、西洋医学ではなく東洋医学に活路を見出そうと考え、私の希望でこの油化街へとやって来たのでした。

数ある漢方屋の中でも、ろみちゃんが以前行ったお店は日本語を話す店員さんがいるというので、我々はその漢方屋へ入る事にしました。店内に入ると、ずらりと漢方が並ぶカウンターの奥にいる女性が我々3人を見るなり、「いらっしゃいませ」と日本語で話しかけて来ました。私は日本語が通じる事に少し安心し、その女性に自分の症状を説明しました。すると彼女は、自分が「順天堂大学で漢方を学んだ」事を前置きしつつ、そこで自分が得た知識をベースに胃腸と肝臓に効く漢方をいくつか紹介してくれました。まず第一に、私は彼女にどこで漢方を学んだかなど聞いてないし、仮にこちらから聞いたとしても、はるばる日本から台湾まで漢方を買いに来ている客に対して、「自分は日本で漢方を学びました」という事は絶対に言ってはいけない事であるなと思いました。私は仕方なく、順天堂大学直伝の漢方を胃腸用と肝臓用にそれぞれ一つずつ購入しました。カラコさんも、お酒をよく飲む人に良いという漢方を購入しましたが、ろみちゃんは「今は漢方よりもプロテインが欲しい」との事だったので、何も買わずに店を出ました。

我々はその後、「台湾のベニス」と呼ばれる川沿いの街「淡水」に向かいました。綺麗な夜景の広がる川沿いの遊歩道を歩いていると、川の向こう岸で花火が上がり始めたので、しばらくビールを片手に花火を見ていました。すると、ろみちゃんは少し酔い始めたのか、私に何かモノマネをするように要求してきました。私はモノマネは得意ではありませんが、渋々数少ないレパートリーの中から、渡哲也の新春ドラマスペシャル「マグロ」のテレビCMのモノマネを3パターンほど披露しましたが、案の定1ミリもウケませんでした。

その後、

ろみちゃん→帰宅
カラコさん・恥骨→クラブに行く→誰もナンパ出来ない→朝ラーメン→2日目終了

3日目。
前日のクラブ活動で疲れていた私は昼過ぎまで爆睡していましたが、浴室から聞こえるシャワーの音で目を覚ましました。当たり前のようにカーテン全開でシャワーを浴びているカラコさんは私が起きた事に気づくと、嬉しそうに自分の一物をガラスに押し付け、そこにシャワーを浴びせかけていました。「つくづくチャーミングな男である。」 私はそう思うと同時に、ある意味それはこのバスルームの一番正しい使い方なのかもしれない、とも思いました。

台湾最終日のその日は、スタジオジブリの名作「千と千尋の神隠し」の世界観のモデルにもなっている「九份(キュウフン)」という街へ行く事になっていました。ろみちゃんとも現地で待ち合わせる予定でしたが、待ち合わせ時間まで少し余裕があったので、私は台北市内で小籠包を食べてから行こうとカラコさんに提案しました。するとカラコさんは「小籠包食えない」と冷たく言い放ちました。私は、「小籠包が食べれない」人間自体が初めてでしたし、小籠包も食べれないのにコノ野郎は一体台湾に何しに来たのかと腹が立って来たので、なぜ小籠包が食べれないのかをカラコさんに問いただしました。彼の言い分としては、数年前に中野の焼き小籠包屋で小籠包を食べ過ぎて気持ち悪くなって以来小籠包が食べれなくなった、という理由を述べました。このような不思議ちゃんアピールを織り交ぜたふざけた言い訳は到底納得出来るものではありませんでしたが、彼には会社を休んで東京から来てもらっているという事を思い出し、彼の希望通り、ホテルの近所で魯肉飯(ルーローハン)を食べました。食後に、私は昨日ろみちゃんが「プロテインが欲しい」と言っていたことを思い出し、台北市内でプロテインを購入してから、九份に向かいました。

電車とタクシーを乗り継いで約1時間。山に囲まれたその小さな街に着くと、パラパラと小雨が降ってきました。ろみちゃんが到着するまでまだ少し時間があったので、私とカラコさんは売店でビールを買って、屋根のある階段の踊り場で雨宿りをしていました。その間、カラコさんは、NBA史上最高の選手はアキーム・オラジュワンであるという持論を展開し、自分はゴール下でのパターンを15種類持っていると言って延々とエアフックシュートを放っていました。

そうしているうちにろみちゃんが到着しました。私は買ってきたプロテインをろみちゃんに渡すと、彼女は「プロテイン売ってる場所なかなか見つからなかったからすごい助かる!」と言ってとても喜んでくれました。我々3人はしばらく九份の街を散策した後、九份を通るローカル線である「平渓線」という電車に乗って「猴硐(ホウトン)」という街へ移動しました。

猴硐は、世界中から猫好きが集まると言われている街で、なるほど駅を降りると早速数匹の猫が観光客に囲まれている光景を目にしました。しかしながら、「猫がたくさんいる」ということ以外は特に何の変哲も無い、むしろ寂れた雰囲気の街であるため、我々は駅周辺をしばらく歩いて遭遇した猫とその都度畑正憲風にジャレ合い、小一時間経ったところで台北市内へ戻ることにしました。

台湾死亡遊戯 -其の伍- へ続く

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【台湾】

正式名称は「中華民国」。人口約2,400万人、国土面積は36,193㎢で九州とほぼ同程度の大きさ。台湾最高峰の「玉山」の標高は3,952mで富士山よりも高い。台湾出身の有名人には、ジュディ・オング、テレサ・テン、ビビアン・スーなどがいる。「世界のホームラン王」王貞治は生まれも育ちも日本だが、国籍は台湾。ビリヤードが国技並に盛んであり、世界最強の国の一つとされる。

台湾の玄関口「台湾桃園国際空港」から台北市内のホテルまではタクシーで約40分。福岡空港から台湾へ来ていた私は、東京から来るカラコさんよりも一足先に到着していたので、先にホテルへチェックインしました。部屋はキレイで申し分ありませんでしたが、なぜかバスルームが全面ガラス張りで、外から丸見え状態であったので、「なるほど」と1人頷きながらベッドに腰を降ろしました。

1日目。
カラコさんもホテルに到着し、我々は意気揚々と街へ繰り出しました。カラコさんが両替をしたいと言うので、出がけにホテルのフロントで両替をしようとしたところ、「ウチよりも、近くのSOGO(デパート)の方がレートが良いですよ」と教えられました。自己の利益よりも他人を思いやるフロントの方の対応に、台湾人の民度の高さを実感しました。

両替後、我々はセブンイレブンで缶ビールを買い、散歩がてらホテル周辺をウロついていると、高架下でスケボーをしている二人組を発見しました。生粋のスケーターであるカラコさんがこれを見過ごすはずもなく、近くでじっと見ていると、彼らから「やりたいのか?」と話しかけて来ました。私はレザーのNew Balance(当時の私の勝負シューズ)だったので遠慮しましたが、カラコさんは待ってましたと言わんばかりに板を借りて滑り始めました。私は、異国の地で東京をレペゼンしているカラコさんを暫く見守りながら、英語が堪能な2人の台湾人の青年と話をしていました。

30分ほど滑ってカラコさんの気が済んだところで、我々は彼らにお礼を言い、高架下を後にしました。別れ際に握手をする際、彼らはもちろんスケーターがやる、手の先っちょの方だけを使ってやる「あの」握手をしてこようとしましたが、私はそれを遮り、無理やりビジネスマンスタイルでがっちり握手をして彼らに別れを告げました。

「台湾の人は気持ちがいいなあ」と思いながら、我々は地下鉄に乗って、その日ろみちゃんと合流する予定である「士林(しりん)夜市」へ向かいました。地下鉄に乗る際、台湾マスターの私は「台湾の地下鉄は飲食厳禁」であるというルールを心得ていたので、数本目の缶ビールを飲んでいるカラコさんにビールを捨てるよう注意しましたが、全く意に介さず、そのまま地下鉄に乗りました。民度の高い台湾人を前にしても郷に従わないスタイルのカラコさんを見て「全く恥ずかしいやつである」と思いましたが、法律どころか憲法にも従わない彼が、郷などという曖昧なルールに従うはずもないと思い直しました。

夜市に到着し、いよいよ2ヶ月ぶりにろみちゃんとの再開を目前に控えた私は、これが1人だったらどうなってた事か、と、つくづくカラコさんを招聘した判断は間違っていなかったと感じていました。そもそもお店以外で会う事自体が初めてであり、それがいきなり海外であるのだから、否が応にも気持ちが高まります。

程なくして、ろみちゃんが到着しました。青のトレーナーにヨガパンツという出で立ちで現れた彼女は、化物語の月火ちゃんの言葉を借りて言えば「プラチナかわいい」姿で私の前に降臨しました。無類のヨガパンツ好きである私は、人知れず軽くテンパりながら夜市の中心部へ歩き出しました。

夜市では、顔ほどもある大きさのフライドチキンを食べ歩きしたり、屋台でビールを飲みながら牡蠣入りオムレツを食べたり、景品がほぼ日本のアニメキャラ人形しかない輪投げをしたりと、お手本通りの夜市歩きを満喫しました。ろみちゃんも終始楽しそうにしていて、私が台湾に来る前に思い描いていた通りの光景がまさに現実なっているという感じであり、もし私が当時Instagramをやっていたとしたら、インスタ映えする夜市の写真を背景に、「台湾初夜!!文句無しに100点!!!!」という、10イイねは手堅い投稿をキメていたであろうと事は想像に難くありません。

2日目。
お昼前に起床した私は、例のバスルームでシャワーを浴びていました。初めは、ガラス張り部分のカーテンを締めていましたが、カラコさんはまだ寝ていて起きる気配も無いので、思い切ってカーテンを全開にしてみました。すると、ちょうど自分の足元に、何も知らずに寝ているカラコさんが見える状態になります。私は謎の征服感に包まれながら、鼻歌全開で自分の股間を洗いました。

シャワーを浴びた後、カラコさんを起こそうとしましたが、彼は全く起きようとしません。その日はろみちゃんと台北市内のお寺を見に行く約束があったので、私は仕方なく1人でお寺へ向かい、カラコさんとは後で合流する事にしました。

龍山寺は1738年創建の台北最古の寺院であり、仏教・道教・儒教・民間信仰などの神様が大小合わせて100以上も祀られているため「神様の百貨店」とも呼ばれています。(「技のデパート」こと舞の海関の決まり手が33種類なので、その約3倍に相当するという事になる。)

地下鉄「龍山寺駅」の前でろみちゃんと待ち合わせ、早速お寺へ入りました。昨日既に再開を果たしているとはいえ、思いがけず1対1で会う事になったので、私の頭は「これはデートなのか」という事で一杯になり、しばらくの間彼女を直視出来ませんでした。

寺院内は人で溢れかえっており、皆机の上に経本を開いてお経を唱えていました。予想を超えるお経の大合唱の迫力に、私は素直に感動しながらしばらくお経に聞き入りました。ろみちゃんも初めて見る光景だったようで、すごいすごいと言って写真を撮っていました。

その後、お寺の中をぐるっと一周して、線香をあげたりおみくじを引いたりしました。お寺を出る時、私はろみちゃんがかわいいと言って眺めていたお守りを二つ購入し、彼女にプレゼントしました。

お寺をあとにした我々は、近くにあるお店で台湾名物である牛肉麺を食べたのち、宿泊中のホテルの最寄駅でカラコさんと合流して、台北最古の問屋街「油化街」へ向かいました。

 

台湾死亡遊戯 -其の肆- へ続く

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大分から東京への飛行機を予約する時は、決まって一番前の席を予約して帰ることにしていました。(Jet StarはLCCなので、一番前の席まで全てエコノミー席です。

これは、スチュワーデスと向かい合って座りたいからなどという理由からではなく、単純に一番最初に出られるからという理由と、前の席を気にせず足を伸ばせるからという理由でそうしていました

むしろ、少し綺麗なスチュワーデスが居る時などは目のやり場に困るばかりか心の平穏まで乱されてしまうので、こちらからするといい迷惑なのです。

例えば、電車やバスといった公共の場でエロ本を読んでいて楽しいでしょうか?周りから白い目で見られるだけで、ただの修行、もしくはそういうプレイにしかならないでしょう。誤解を恐れずに言えば、スカートの短い綺麗なスチュワーデスに目の前に2時間座られるという事は、目の前にエロ本を置かれて、歯を食いしばりながら2時間それを無視し続けるという苦行と全くイコールなのです。少なくとも、コンプライアンスの相当低い私の様な人間にとってはそうなのです

渋谷に着くと、私はガールズバーの隣にある居酒屋「鳥竹」に入り、この後ろみちゃんとどんな話をしようか、どんなウィットに富んだギャグをかましてやろうか、そんな事を考えながら、焼き鳥と煮こごりをつまみにビールを飲んでいました。

1時間ほど飲んだところで会計を済まし、隣のガールズバーへ入店しました。その時私は既に常連と化していたので、店長は私の顔を見ると自動的にろみちゃんを付けてくれるようになっていました。

その日もいつものように精子臭い話を延々とろみちゃんに浴びせ続けて、気付けば始発が動き出す時間となりました。そろそろ帰ろうかとお会計を頼むと、ろみちゃんは思い出したかのように、「再来月から大学を休学して台湾へ留学する」と私に告げました。

突然の事で完全に気が動転していた私でしたが、とにかくショックを受けている事を彼女に悟られたくない一心で何かを言わなければならないと思い、「じゃあ俺も台湾遊び行くよ」と咄嗟に答えていました。

すると彼女は、向こうに友達も居ないので是非遊びに来て欲しいと言いました。私はショックを受けてはいましたが、既に10月に有給を取る事を決意していました。

翌週。私は鳥竹で、つい先ほど購入した「地球の歩き方〜台北〜」を熟読していました。この後すぐ、ろみちゃんと台湾での「デートプラン」を話し合うという激アツイベントを控えている私は、はやる気持ちを抑えきれずにドッグイヤーを連発していました。

地球の歩き方を読み終え、台北マスターとなった私は意気揚々とお店に入りました。席に着くなり、ろみちゃんは「ちょっと待って」と言ってカウンターの裏へ消えたかと思うと、はにかみながら「地球の歩き方〜台湾〜」を手に戻って来ました。お気付きの通り、彼女が「台湾編」で私が「台北編」です。彼女が既に「台湾編」を持っている事を知っていた私は、彼女の滞在先であり私の訪問先である「台北」という都市について二人でもっと深く掘り下げてみたい、そんな思いから「台北編」を持参していたのです。

今になって思えば、自分の留学先の旅行ガイドをドッグイヤーだらけにして持ってくる人間など、薄気味悪いメンヘラ以外の何者でも無いのですが、恋は盲目。気分が高揚していたその時の私には、台湾の夜市を二人で歩いている姿以外何も見えなかったのでしょう

その日は「台湾編」と「台北編」を付き合わせながら朝まで台湾での「デートプラン」を話し合い、帰り際にろみちゃんから、おそらくお店で会えるのはこれが最後になるであろう事を告げられました。

翌月。私は既に来月の連休につなげて有給を取得し、航空券の予約も済ませていましたが、いざこの旅行が現実のものとして間近に迫ってくると、不安で居ても立っても居られなくなってきました。そもそも、「ガールズバーの女の子に会いに会社を休んで台湾に行く」という行為自体がDQNのやる事であるし、更に、いつもはお酒の力を借りて話を出来ていたものが、旅行先では少なくとも日中はシラフで乗り切らねばならないというハンディを背負う事に、私は気付き始めていました。

「1対1では何もさせてもらえないだろう」

そう直感した私は、すぐに友達に連絡して事情を説明すると「ホテル代を払うなら付いて行ってやっても良い」という返事をもらいました。私はそれを快諾し、かくして「カラコさん」に東京から台湾までやって来てもらう事になりました。

 

【カラコさん】

ヒートテックを下着としてではなくロンTとして着こなす事が出来る数少ない人物。シャツを着る時は襟元付近だけボタンをしてあとは外すという「ホーミースタイル」も嫌味なくサラッとキメる事が出来る。また、「排尿」によって他者と意思疎通を図るという特技を持っている。

カラコさん

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「ボーナス」

皆さんは、何に使っているでしょうか。

共通ポイントサービス「Ponta」を運営する株式会社ロイヤリティマーケティングの調査によりますと、2017年冬のボーナスの使い道として最も多かったのが「貯蓄・貯金」の40.2%で、他の回答を圧倒しています。

 

1位:貯蓄・貯金  40.2%

2位:旅行     10.5%

3位:衣服     5.0%

4位:外食     4.8%

5位:食品     4.4%

 

この調査は「Ponta会員」と呼ばれる人々の中で、さらに「Pontaリサーチ」なるものに会員登録を済ませているという、かなり眉唾ものの男女3,000名を対象に行ったアンケート結果であるため、どうしても「やらせ」の3文字がちらついてしまいます。

そもそもお金の使い道というものは、全てが全て人に言えるような内容ではない事が多々あります。私自身、今はボーナスを貰う立場にいませんが、過去には貰ったボーナスを全て「風俗」につぎ込んでいた時期もありましたし、「ガールズバー」に散財していた時期もありました。今からする話は、この「ガールズバー」にボーナスを全投入していた頃に起こった話となります。

今から5年程前。私は当時勤めていた会社の工場がある大分県に赴任していましたが、現地に友達もいないので、2ヶ月に1回はLCCで東京に帰っていました。ある金曜日、私はいつも通り大分空港からJet Starで成田空港へ向かい、成田エクスプレスの中で飲み友達にLINEをしましたが、その日は誰も捕まらなかったので、止むを得ず渋谷のヘルスへ行く事にしました。

道玄坂に着くと顔見知りのキャッチのお兄ちゃんが居たので声をかけ、彼にipadで女の子の写真を見せてもらいましたが、どうせ写真は信用出来ないので「オススメの子をお願いします」とだけ言うと、近くのホテルの一室に案内されました。

ホテルのロビーで買った缶ビールを飲みながら一人で待っていると、すぐに女の子がやって来ました。彼女を見てまず思った事は「非常に背が低い」という事です。恐らく145cmあるかどうかぐらいだったのですが、不意打ちで145cm以下の人間と対峙したので、体感身長としては120cm程度しかありませんでした。

顔は、あえて表現するとしたら「レイセフォーと郷ひろみを足して2で割った」くらいの、かなり濃い顔立ちだったので、もしかするとフィリピン系の血が入っているのかもしれないと思いました。

 

 

早速料金を支払い、一緒にシャワーへ入り、体を洗い、イソジンでうがいをし、ベッドに行き、一連の行為を然るべき手順で滞りなく行いました。40分コースを10分近く残すいつもの「時短プレイ」でフィニッシュした私は、時間が来るまでその子とピロートークをしていました。

私は、彼女の腰あたりにあったタトゥーで、浜崎あゆみの「あのAマーク」のようなフォントで男の名前が彫りかけてあったのが気になっていたので、その事について聞いてみると、彼氏の名前を彫ろうとしたが、途中で別れてしまったのでそのままにしているのだと答えました。彼女が「実は相当なドキュンであった」という事が判明したところで時間が来て、彼女は部屋を出て行きました。

私もすぐに支度をしてホテルを出ましたが、結局友達はまだ誰も捕まらず、かといってせっかく金曜日に東京に帰って来ているのにこのまま帰るのも味気ないので、止むを得ず、以前数回行ったことのあるガールズバーへ行くことにしました。

「ついさっきヌイたばかりで、ガールズバーへ行くとはどういう了見か」という指摘は、一見すると至極真っ当な様に思えますが、私の意見は違います。映画「メリーに首ったけ(1998)」の中で、主人公テッドは思いを寄せるメリーとのデートの前に、友人から"Clean the pipe"(オナニーしてからデートに行け)というアドバイスを受けます。これはつまり「やる気マンマン」でデートに行くよりも、ヌイた直後の「賢者の様な」心でデートに行った方がモテるという事です。もちろん、ガールズバーに行くのとデートに行くのでは状況が違いますが、たとえガールズバーであっても「モテたい」という部分はデートとなんら変わりありません。

そもそも、私のような童貞にうぶ毛が生えた程度の人間には、女性を前にした時の「余裕」が圧倒的に足りていません。そのような「余裕」の無い人間が酒を煽って精子クサイ事をわめき散らしていては、これはモテるわけがありません。ですから、まずはヌキに行って、賢者の心を手に入れた状態でガールズバーに行き、心の余裕を女子にアピールするという「格下の戦い方」というものを私はわきまえているのです。

店に入り席に着くと、前回来た時に私についた年上でキレイ目の女性が今回も私につきました。決してタイプというわけではありませんが、話上手で十分楽しめていたので、そのまま1時間くらいその女性と会話していましたが、他のお客さんからの指名が入ったため、彼女は私の元を離れました。

ほどなくして、次の女の子がやって来ました。彼女の名前は「ろみちゃん」で、当時21才の大学生でした。「最上もが好き」を公言している彼女は、自身も金髪ショートカットが似合う美女であり、率直に言って「めっちゃカワイイ」女の子でありました。このレベルの女子と相対した時には、「ヘルスでヌイて来ました」程度の付け焼き刃の心の余裕など一瞬で叩き潰されるだけでなく、逆に、「自分はヘルスとガールズバーをはしごするキモ男である」という言い逃れの出来ない悲しい事実を前に、ただただおしぼりをいじいじするしかないのです。

「カワイイ子が来ると逆にふてくされる」という、童貞をこじらせたコミュ障にありがちなめんどくさいバイブスを発し始めていたので、早いところ降参して帰ろうかとも思いましたが、話をしていると、ろみちゃんの「素人っぽい」雰囲気が妙に童貞心をくすぐり、「あれっ」と思っているうちに一回目の延長をしていました。

 

「あれっ」→ 一回目延長

 

「hold on, hold on」→ 二回目延長

 

「ボクのスタンドは、中山秀ちゃんだしん!」→ 三回目延長

 

「ウチくる?」→ 四回目延長

 

「恥骨、冷静になれ」→ 五回目延長

 

「好き」→ 六回目延長

 

結局朝5時の閉店まで飲み続け、翌週以降、私は「ろみちゃん」に会いに、大分から毎週渋谷へ通い続ける事になりました。

 

台湾死亡遊戯 -其の弐- に続く

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